2016年2月18日木曜日

20160218「仏教」をキーワードに、思いつくまま綴る(9)―― エピジェネティクスの面から考える子供の養育 ――


 エピジェネティクスの面から見た‘遺伝’は因果応報・輪廻転生を説いている仏教と何か関係がありそうであり、また社会・国家の在り方にも影響がありそうである。私は、前者は仏教の指導者が考えるべきことであり、後者は政治家や社会学者などが考えるべきことであると思っている。

私は、女性の晩婚化は社会や国家の大問題であると思っている。私は女性が適齢期に結婚し、子供を産むことが出来ない社会は決して良い社会ではないし、そういう国は決して良い国ではないと思っている。このことに着目し、活動してくれる優れた政治家や学者や活動家が現れることが期待される。

近年、離婚や貧困や男女関係の乱れなどにより、幼児や赤ちゃんが児童養護施設や病院で保護されていて、その児童や赤ちゃんの実の親でない夫婦に引き取られ、養育される状況がある。かつて旧満州に残された児童が中国人の夫婦に養育され、成長後日本に帰国した中国残留孤児がいた。

このように血縁関係がない子供はエピジェネティクスの面から見た場合にどのような‘遺伝’をその育ての親から受けるのであろうか?下記括弧(“”)で括るように、エピジェネティクスは麻薬により精神疾患が生じた場合について研究されている。しかし、私は、エピジェネティクスは社会や国家の在り方や仏教の布教活動の在り方を考える場合についても研究されるべきテーマではないかと考えている。

環境要因がどのようなメカニズムで精神疾患につながるのかという疑問が浮かび上がってくる。簡単にいってしまえば答えは明白で、「生まれ」と「育ち」の両方が脳の精神細胞に作用するということだ・・・(中略)・・・経験を通じて染色体上に化学標識が付いたり取れたりすることが精神疾患症の一因となっているようだ。こうした「エピジェネティック」な標識は、遺伝子の配列ではなく遺伝子の活性を変える・・・(中略)・・・DNAは細胞核にでたらめに詰め込まれているのではなく、糸巻きに巻かれた糸のように、「ヒストン」と呼ばれるタンパク質複合体の周りに巻き付いている。このヒストンとDNAの複合体を「クロマチン」といい、そのクロマチンが折りたたまれて染色体を構成している・・・(中略)・・・クロマチンが折りたたまれていると、遺伝子を活性化する装置が近づけず、遺伝子は不活性のままだ。・・・(中略)・・・個々の遺伝子が活性化するかしないかは、クロマチンの化学修飾によってきまるのだ。このようなエピジェネティックな変化は、化学標識を付けたり取り除いたりする様々な酵素によって生じる・・・エピジェネティックな修飾がほかの多くの遺伝子にも生じており、それが養育のような行動における反応プログラムに関与し、ゆえに行動様式の親から子への‘遺伝’をもたらしていることが、今後明らかになっていくだろう。こうした状況においては、ある世代のある遺伝子に生じたエピジェネティックな変化が、生殖細胞を介さずに事実上次の世代に伝わっていくような現象が起きる”(『日経サイエンス誌20123月号』より引用、本稿においてアンダーライン・赤字表示により強調)。

 脳細胞の中のエピジェネティックな変化の状況は精神疾患のみならず、そのほかのことについても起きるのではないだろうか?海外に移住した日本人たちの子孫は容貌や形質が日本人であっても思考や性格や行動はその土地の人たちと同じ様になっているようである。それは正しく「DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化」(『ウイキペディア』より引用)である。

 ここに私は次の通りエピジェネティクスの三つの側面に着目して思索を進めたいと思う。その一つは、女性が適齢期に子供を産める社会の実現の方策、その二つは子供を授かったが離婚した女性のその子供の養育が最も良く行われる社会の実現、その三つはエピジェネティクスの面から見た国家の特性と進化、である。


 私が最も関心があるので上記の三つ目のことについて一言触れる。国家は国民一人一人の集合体である。国民の意識は国家の意識となって顕れる。その国の伝統や文化はその国家の品格となって顕れる。個々の国民の資質や能力はその国家の資質や能力となって顕れる。為政者が対外的にどのように取り繕うと、その国の本質を覆い隠すことは出来ない。その国の有り様は、その国の民の個々のエピジェネティクスによる変化の集合である。己の欠点に気付かず、気づこうとせず、他を見下す国家は、その内包する矛盾のため進化が遅れ、崩壊の危機に見舞われる。謙虚で賢い国民が大多数を占める国家はますます進化してゆくことになるだろう。日本国は永遠にそういう国家であって欲しい!